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One home run

映画、音楽などについて書いていきます。備忘録。

「火花」〜最終話 廣木隆一 Netflix [ドラマ]


火花 予告編 - Netflix [HD]

★7

ネットフリックスの「火花」を見終わりました。

結論から言うと、とても面白かったです。

 

始めは二話ごとに鑑賞メモを残すつもりでいましたが、時間もなさそうなので最終話までまとめて書こうと思います。

 

(※以下ネタバレありです。)

 

 

 

 

 

 

まず良かった所から。スパークスの最終話の漫才シーンです。

 

「思っている事と反対の事を言う事で、感傷的にならずに言いたい事を伝える」というネタなのだけど、ここだけでもこのドラマを見た価値があったと思うくらい良かった。

 

 

スパークスは最低だもう見たくないとかいって、僕らの人生を否定する訳ですわ」

 

その後のくだり含め この漫才はもちろんあほんだらの1話のネタのオマージュになっているし、

そのネタが自分を生かしてくれた漫才への、漫才師を漫才師たらしめる存在である観客への深い愛情と重なる。

 

 

 

「いきなりやけど俺ちょっともうペット飼いたいな思て。一人暮らしの寂しさとか紛らわしてくれるやんか」

 

「何飼いたいねん、おっさん?」

 

そして、劇中何度も出てくる漫才の冒頭。

ライブ前のネタ合わせで、解散を決めた道の途中で、一人公園で。

彼らにとって漫才は、まぎれもなくブルースであり、ままならない人生をそっと肯定してくれる呪文のようだ。

 

このドラマがなぜ好きになったのか。それは、

”人が何かにあこがれ、何かを表現する”という事への、それに人生をかけた人々への、深い愛情と敬意が貫かれているから。

表舞台から去っていった、火花のように消えていった芸人たちも”漫才”というものに「関わっている」。華やかで美しい花火も、実は小さな火花の集合なのだ。

 

 

 

 

キャストは皆よくて、特に林遣都は徳永にしか見えなかった。

真樹のアパートでのシーンやストリートミュージシャンンのくだりなど、

違和感無く自然に原作を膨らませているところも良かった。

原作に無かった徳永の友達・あゆみも、最後の階段を上るシーンに象徴されるようにこの作品のテーマをうかびあがらせる存在として上手く作られていた。

映像化がネットフリックスで本当に良かったと思う。

 

 

不満というか、少し引っかかったのは、

終盤真樹を公園で見かけるシーンを台詞じゃなく、もう少し映画的に見せて欲しかったのと、

最後の花火大会のシーンで、原作では恋人へのメッセージ花火がしょぼかったから、それに恥をかかせないように観客が拍手をした、というニュアンスだったのにそれが薄まっていた所。

 

 

少し不満もありましたが、

映画化はもうしなくても良いのでは、と思うくらい面白かったです。