One home run

映画、音楽などについて書いていきます。備忘録。

「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」10話(最終話) 坂元裕二[ドラマ]

ついに最終話でした。

11話でなく10話だったので(しかも最終回拡大もなし)単純に尺が足りなかったのかもしれないけど、消化不良のところ、もっと丁寧に描いて欲しいところもかなりあった気がしました。もっと悪く言えば雑に感じる所もあった。

 

と言う訳で、もしかしたら一般的にそんなに評価されないかもしれないですが、個人的には、凄く満足してます。

 

正直言って、ベタな展開やどこかで聞いた事のあるフレーズも多かった。

人身事故に舌打ちする人に胸を痛めるくだり、渋滞でイライラして前を見に行くと車いすがなかなか通れずにいた、と言うエピソード、音がひったくりに会った少女を助けようとして階段から落ちて頭を打ったり、など。

そういうところが人によっては気になってしまうかも知れません。

 

でも、こういうのを見て「そんなのベタだろ」「どっかで聞いた事あるよそれ」「地方の人は心が奇麗とか古いんじゃない」とかそう言うのを言われる事ぐらい、坂元裕二なら分かってた気がして。

きっと「人に何と言われようが、これを伝えたいんだ」って思ったんですよね。

それが作家性じゃないですか。

私はそれを支持したいです。

 

 

「お金はたまらない、でも私には足りてる。ちょっとのいい事があれば、夜寝る時に思い出せる。優しい気持ちになれる。寝て起きたら、次の日が来る。私には思い出が足りてる。」

「坂の上に立つとね、東京の夜の街が見渡せるの。そこで、会った事のない人の事を想像するのが好きです。今あの鉄塔の下で、女の子がマフラーを落とした。パン屋の男の子が拾ってあげた。ありがとう、気をつけて。」 

「世の中って奇麗なものなのかな?怖いものなのかな?混ざってるのかなって思った。」

 

「だから、奇麗なものは探さないと見つからない。」

 

 

あの人はきっと嬉しいと想像するから私も嬉しい。

そこに美しいものがあると想像するから花を見つけられたりする。

そこに傷ついている人がいるんじゃないかと想像するから誰かを救えたりする。

 

二人は”想像する”事を止めない。

喜びを、美しいものを、誰かの痛みを、想像する事を止めない。

それは想像する事を止めたら、この世から無くなってしまうからだ。

美しいものも、喜びも、誰かの痛みも、すべて無かった事にされてしまうからだ。

今私たちに見えているものは、この世にあるものはすべて、

人間が想像したものなのだ。

だから、私たちは想像する事を止めてはいけない。

 

 

 

「描き方」はベストじゃなかったかもしれない。

でも、「描こうとしたもの」は絶対に間違ってない。

それが素通りされる世の中であって欲しくない。

こういうドラマがまた見たい、素直にそう思いました。

 

 

「なんでトマトソースの来たんやろ」

 「運いいですね」

「そんなちょっとの運ある?」

「道があって、約束があって、ちょっとの運があれば、また会えます」

 

どうかすべての、

離ればなれになりそうな恋人たちに

二人を繋ぐ道と、約束と、ちょっとの運がありますように。